Updated : 2006/12/12 火曜日
昔から大のフィギュアスケート好きである。とりわけ今の選手たちはみな、美しくて、強くて、家が金持ちそうで。安藤美姫なんか、高校時代に世界史を履修したか疑問なものであるが、かわいくて家が金持ちそうだ、ということで私はすでに負けている。勝ち目がないとわかるや否や応援してしまう、利権に弱い自分が情けない。浅田真央については、降参だ。美しくて強くて家が金持ちそうでに加えて、無邪気で無垢で天真爛漫ときているのだ。かわいらしくて、心を奪われた。使いたくない言葉だが、まさしく「萌え~」である。いっぽう、私は。もう大して若くもなく、かといって何も成し遂げてはいない。負けている、と胸の中で反芻してみる師走。寒い。
フィギュアスケートグランプリシリーズのフランス大会をテレビでみた。さすが、美を重んじる国フランスだなぁと感銘を受けたことがある。スポンサーのトレードマークの色までもが、会場の色彩に合わされていたのだ。
リンクの縁には数々のスポンサー名が並べられているのだが、青で統一されている。青白い氷の色にあわせたものだろう。それに、客席の、ざくろ色の上品な赤。観客が少なかったから、椅子の色がむき出しになっていたのだが、その赤が洗練されている。青と赤の対比が、まるで勝負の世界を支配する情熱と冷静とを象徴しているかのようだ。
なにより、この会場で滑る女たちが、いっそう優雅にみえる。舞う男たちが、色っぽく見える。衣裳を飾るスパンコールやラメ、石の無数がきらきらと光る。ちょっと下手でも、会場が助けてくれているとも思える。また、上手な選手にとっては実力がいかんなく発揮できているようにも感じられた。
スポンサーはコーポレートアイデンティティの観点から、トレードマークの色を青に変更することに難色を示さなかったのだろうかと疑問に思った。お金を出している側からすれば、文句も言えるはずである。しかし、おそらくは会場側が美的または文化的観点から色の統一を決定し、文句を言われてもつっぱねたのだろうか。そうする背景には、美しいものが見たいというフランスの人々の成熟した要請あるいは民意があるのかもしれない。
いっぽう、残念だったのは。男子女子とも表彰台を独占した(と皆様のNHKが騒いでいる)NHK杯である。会場は長野オリンピックのときに使われたリンクだ。スポンサーの色とりどりの看板が否応無しに写し出されるさまは、まさに日本の街並のように雑多。演技に熱中したい者からすれば邪魔であった。赤やら青やらの看板が目に入るにつけ、まるで景観に配慮のないわが街を思い出させ、いちいち日常に引き戻される。この空間は本来、選手のハレ舞台であるはずである。しかしながら、たんまり金を出してきたのだからテレビで露出させろと言わんばかりの、スポンサーのハレ舞台となっていた。
フランス杯とNHK杯とを見ていて、会場を運営する側として、参考にしたいと思った。お金を出す人(=協賛)、借りる人(=お客さまでもある主催者、プロデューサー)に対して、私は会場の「人格」を守るために、公演のためにやってきたお客さまのために、公演内容が会場にそぐわなければきっぱりNOと言えるか。会場の特性にあった公演を行えるように、借りる側にアドバイスができるほどの知識と経験は私にあるか。それがないなら勉強をしょうとする真摯さはあるか。会場の人格を守ることは目的なのではなく、手段である。恒久的に芸術を提供することが人々の利益になるのであれば、存在しつづけることが会場の使命だ。迷いがあっては、継続することができないだろう。まず売り上げありきではなく、存在しつづけるための売り上げなのだ。それとも使命を捨てて、私は目の前の売り上げのために、大きな力に媚びることにするか。
しかし目下の課題よりも、私の頭の中は伊藤みどり問題でいっぱいだ。きっかけは、解説の伊藤みどりを全く映さないテレビ朝日。みどりを出せ! 荒川静香の金メダルによって、みどりまでもが淘汰されたということではありますまい。短い結婚、離婚、うつ病に苦しんだということが報道されていたみどり。テレビ局お得意の自主規制か。みどり、ドンマイ。(向井桃子)